本書を読むまでの経緯
会社でお世話になっっている方から、透析患者の終末期の現実について、患者目線で知ることができる本だと聞いた。こんなに詳細に記載された本はおそらくないだろうと、とても感動しておられ、読むことを強く勧められたため読むことに。
本書の構成と要点
本書の章の構成および要点は以下のとおりである(参考サイト)。
序章
透析の医療費は、日本の医療費の4%を占め、東京都には、駅ごとに透析クリニックが立ち並んでいる。
透析を続けていても、血管も心臓も確実に劣化が進むため、永遠に透析を続ける事は不可能である。最終的には透析を止めないといけないが、その際は尿毒症を始め多岐にわたる苦痛が待っている。一方で、日本の緩和ケアの対象は癌患者に限定されているため、死が迫る透析患者であってもホスピスに入ることはできない。
第1章 長期透析患者の苦悩
岩手保健医療大学の三浦康彦教授が透析スタッフの透析を疑似体験してもらうパイロット試験を行った。その結果、長時間の拘束や他の目にさらされることで患者が鬱状態状態になることがわかり、患者を安楽にさせることへの重要性に医療従事者が気づき、その後の日常診療で患者への行動変容が確認された。看護の分野では、看護のレベルは、看護者が患者に対して持つ「共感レベル」に大きく左右されることがわかった。よって、可能な限り、看護者へは、患者の病状の疑似体験をすることが勧められた。
透析患者においては、カリウムの値のコントロールが重要であるが、クリニックでは透析を導入する前も後も、詳しい栄養指導は無いことがほとんどである。その他にもリンの取りすぎの問題、また皮膚の痒み(掻痒症)の問題もある。
第2章 腎臓移植という希望
腎臓の移植には、腎移植と生体腎移植の2種類がある。腎臓は2つあるから1つなくても問題ないとされるが、2つから1つになるのだから心配は尽きない。ドナーに対する長期の追跡調査も充分ではなく、移植後に透析に至るドナーがいることも報告されている。
第3章 移植腎の「実力」
透析には大量の水が必要とされるので、断水になればその瞬間から透析ができなくなる。災害が起きるたびに、透析患者の死亡が報道されるように、透析患者は災害弱者の筆頭にある。
第4章 透析の限界
透析は毒素や水分を引くことができるが、造血や血圧の調整、骨代謝といった腎機能まで補うことができない。通常の透析は4時間ほどであるが、通常の透析ができない透析困難症の患者においては24時間かけてゆっくり毒性、水分を抜く方法がある。これはICUとか隔離されたスペースで無菌に近い状態で行われる。
第5章 透析を止めた日
緩和ケア病棟に入ることができるのは、がんの患者と、一部の重度心不全患者のみである。
第6章 巨大医療ビジネス市場の現在地
最近では通信ネットワーク(Wi-Fi)を使って、クリニックに透析のデータを送る仕組みを利用して、透析機を家で使用するということが可能になりつつある。
第7章 透析患者と緩和ケア
2019年に富山県、黒部市民病院の吉本敬一医師が書いた、「維持透析患者の死亡時の状況についての検討」という論文が発表された。院内で死亡した180人の透析患者の死亡時の状況を詳細に分析した。調査期間が長く、かつ対象人数のボリュームも大きい稀有な研究である。
終末期の患者の多くは認知症を患っており、透析を継続するかどうかの的確な判断を出せない患者が多く、それらの患者に対する透析をいつまで続けるのかの判断を行うことが難しい。この問題を解決する1つの方法として、病気を問わず、患者の終末期のあり方について、患者家族・他職種からなる医療チームが話し合うアドバンスケアプランニング(ACP)を行うことが重要である。
第8章 腹膜透析という選択肢
日本では腹膜透析の割合は2.9%であるが、香港では69%、欧州やカナダが20~30%、アメリカも10%を超えている。日本では血液透析のほうが保険点数が高い、血液透析のクリニックの建設などを国が推進してきた背景もあってか、腹膜透析のメリットに言及しづらい雰囲気があるようだ。
いわき市のかしま病院の中野広文医師によると、透析医療を普通に学んできた意思であるならば、「PDファースト・PDラスト」という言葉は知っていて当然であるとのこと(要は、ゆるく初めて、最終的にはゆるく、死へソフトランディングするという考え方)。
第9章 納得して看取る
感想
なぜか幼いころから(今も)、血が苦手で、この本に記載されているような具体的に臨床現場を想像できてしまう描写について、読むのが大変だった。具体的すぎて、途中、何度か具合悪くなった。それでもせっかく勧めていただいたのでなんとか読み通した。
これまで、透析期間中は映画を観たり、本を読んだり、ゆっくりしておけばよいではないかと軽く考えていたが、透析中の血圧低下で死に至るケースもあるなどと、ても大変なのだと感じた。シャントがあると痛みなく、血液を出し入れできるのかと思っていたが、毎回透析のたびに痛いというのはまさに地獄である。また、日常生活においては、過酷な水分コントロールがあるということも知らなかった。
自分の身近な人が腎移植が必要な時に、果たして自分が臓器提供できるのかどうか、とても考えさせられる。誰がドナーになるのかという問題は、とてもナイーブな問題であるが、まさか肝臓のドナーを息子に頼むとは信じられなかった。自分だったら絶対に自分の大切な人に臓器提供は依頼しないであろう。
最も感動したのは「PDラスト」という言葉を使って腹膜透析が終末期に適しているという事を以前から注目していた、かしま病院の中野広文医師の言葉であった。最近では「パリアティブPD」(終末期を迎えつつある患者さんの苦痛を緩和し、その生活を支えるために、医師や看護師、介護士などの医療チームが共同で作成する予測)という言葉が出てきたが、そんな事はわざわざアメリカの研究をありがたがって使わなくても、医師なら大昔からわかっていることである。最近横文字を縮めたキラキラした言葉が増えて、みんな喜んで使っているが、大切な事は何も変わっていない。病院が与える医療ではなく、患者さんにとって何が大切かを考える。ことが重要である。
親族で透析をしている者がいるが、先日グローブのようなものを購入した。それがまさか体を掻きむしったりすることを防止するためのものだとは気づかなかった。もしかすると体をを柵に固定させられたりしているのではないかと想像すると、とてもやりきれない。透析患者の最終的な緩和ケアについては本当に重要な問題であると感じるとともに、腹膜透析をはじめとする、見取りにソフトランディングしていく医療が実現することを祈るばかりである。
書籍情報
書籍名:透析を止めた日
著者:堀川 惠子
出版社:KODANSHA
発売日:2024年11月14日
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